治療効果の出現時期
漢方の治療対象の項目でも触れましたが、漢方についてまだあまり馴染みがない方にとって漢方薬と聞いて抱くイメージとして、効果が現れるのにかなり時間がかかり、ゆっくりとじっくりと治療していく、という印象をお持ちの方がまだまだ多いかと思います。
ところが歴史を紐解くと、約2000年前には感染症の治療としてまず急性疾患の治療法として生薬治療が広まりました。後の時代に栄養状態の改善により人の寿命が次第に長くなり、慢性疾患が増加したことで体質改善に対応する生薬治療が出現しました。
生薬治療はあくまでも実践的医療手段ですが、再現性の高い理論的な医療手段である西洋医学の台頭により、急性疾患の治療法は西洋医学にとって代わられました。特に日本では国政の後押しがあり、明治維新の際に伝統医学は表舞台から追われることになりました。
前置きが長くなりましたが、そもそも漢方薬には即効性があります。種類によって効果の出現時期は様々です。
即効性が期待される代表的な漢方薬を効果発現までの時間別にご紹介します。
1)10分以内
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)
- 薬効:こむら返り
- 作用:筋肉の緊張を緩めます。
- 解説:急激なふくらはぎの筋肉のひきつれに効果的です。飲んでから分単位で効果を認めます。応用してマラソンランナーが走っている時に症状が出たら飲むことがあります。その他に月経痛、尿路結石の痛み、腹部疝痛の緩和に有用です。
2)30分以内
大建中湯(だいけんちゅうとう)
- 薬効:下痢、便秘、腹部膨満(イレウスを含む)
- 作用:腸管の血行を促進して、生理的な運動を促進します。
- 解説:過敏性腸症候群での腹痛に即効性があります。即効性がある反面、効果が切れる時間も同じくらい早いです。そのため、少しずつ頻回に分けて飲むと良いとされています。
六君子湯(りっくんしとう)
- 薬効:胃もたれ、消化不良、胃炎、胃食道逆流症
- 作用:胃の生理的な運動を促進します。生理活性物質グレリンの作用を増強させます。
- 解説:胃の運動促進に即効性があります。消化管の他に視床下部・肺・心臓にも作用します。高齢者のフレイルに対するアンチエイジング作用(抗加齢作用)や、がん患者の末期合併症である「がん悪液質」の軽減にも有用です。
3)数時間以内
麻黄湯・葛根湯
- 薬効:急性感染症
- 作用:体温上昇、発汗作用、交感神経刺激作用があります。その結果、解熱効果が得られます。また免疫作用により感染防御作用があります。
- 解説:体力のある人が風邪をひいて高熱を出した際には、2〜3時間毎に繰り返して飲むようにします。一気に体温を上げて発汗を促すことで解熱することを期待します。そのため、解熱剤を一緒に服用すると効果が落ちてしまうことになります。また葛根湯は、風邪の人と一緒に過ごした際に症状が出る前の段階に飲むことで、免疫活性化作用により感染予防になります。家族がインフルエンザウイルス感染症に罹った際の感染予防に葛根湯の服用は有用で、安定期の妊婦さんの予防にも安全性が報告されています。
小青竜湯
- 薬効:鼻炎(水様鼻汁、鼻閉)、アレルギー性結膜炎、感冒
- 作用:鼻汁分泌抑制作用、鎮咳作用
- 解説:体力のある人の風邪症状や花粉症の症状に有用です。対症療法ではありますが、即効性があるため症状を認めてから飲むことで、症状が緩和されます。花粉症の際には、抗アレルギー剤や点鼻薬・点眼薬との併用は可能です。成分の麻黄に鼻汁抑制作用と覚醒作用がありますので、抗アレルギー剤で眠くなりやすい人にとっては併用をお勧めします。予防効果の発現時期について、抗アレルギー剤の場合は花粉飛散よりも早い時期から服用する必要があるのに対して、小青竜湯は即効性があることから症状出現後から服用します。
抑肝散・甘麦大棗湯
- 薬効:不眠症、感情のコントロール
- 作用:脳内の神経伝達物質の調整作用
- 解説:不眠や情緒の不安定な状態で頓服することで即効性があります。家族など身近な親しい間柄で、一緒に飲むと効果が高まることが500年前から知られています。
五苓散
- 薬効:嘔吐、下痢、脱水、口渇、浮腫、胃腸炎、頭痛
- 作用:細胞レベルで、水分の過不足のバランスを調整します。
- 解説:細胞膜にある水分子が通る門(アクアポリン、水チャネル)を調整することで、浮腫と脱水など正反対の症状のどちらにも有用です。全身作用がありますが、主に脳・消化管で作用します。即効性があるため、乗り物酔い、二日酔い、飛行機搭乗時の耳管閉塞による痛みなどに応用されます。
疎経活血湯
- 薬効:筋肉痛、関節痛、神経痛
- 作用:血行促進による温熱作用
- 解説:特に冷えると増強する痛みに有用です。血行が良くなることで身体が温まり、症状が緩和します。急性疼痛にも慢性疼痛にも幅広く応用されます。
4)数日以内
安中散
- 薬効:神経性胃炎、胸やけ、胃部痛、生理時の腹痛
- 作用:温熱作用、鎮痛作用、制吐作用、制酸作用
- 解説:軽症であれば1回服用するだけで楽になります。市販の漢方胃腸薬にも配合されていることが多く、実は葛根湯の次に馴染みのある漢方薬と言えそうです。
大黄甘草湯
- 薬効:便秘症
- 作用:瀉下作用
- 解説:半日から数日で効果を認めます。大黄に含まれるセンノサイドという成分に瀉下作用があります。センノサイドが効果を発揮するには、ビフィドバクテリウムという腸内細菌によって大黄が代謝される必要なことが分かっています。その腸内細菌が少ない状態ですと、菌数が回復するまで効果発現には時間がかかることになります。また、抗生剤治療などで腸内細菌が乱れている場合には、効果が落ちることが知られています。
5)2週間以内
ほとんどの漢方薬は、1〜2週間で変化が現れます。その変化に対する自覚が弱い場合や身体所見でしか確認できない場合では、あたかも効いていないように感じることと思います。また、大黄甘草湯の項目で解説したように腸内環境によっては効果発現に時間がかかってしまう場合があります。
この項目では女性に多いトラブル「冷え」に対して用いる代表的な漢方薬についてご紹介します。
当帰芍薬散
- 薬効:冷え症、月経困難症、更年期障害、不妊症、認知症、嗅覚障害
- 作用:水分調節作用、血行促進作用、ホルモン様作用
- 解説:冷えは万病の元と言われています。冷えが改善することで、月経に伴う不調が改善し、不妊体質の改善が期待されます。冷え症の治療には軽度の場合は本剤で、重度の場合は次項の当帰四逆加呉茱萸生姜湯が有用です。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯
- 薬効:しもやけ、下腹部痛、腰痛、頭痛
- 作用:温熱作用、血行促進作用
- 解説:冷え症が重くて、冬は毎年しもやけに悩まされている、夏でもクーラーの風に当たるのが辛い、といった状態に有用です。